ヨガに求めすぎな私たち

エビスのコラム

クレマチス’ロウグチ’が咲いています。

昔の私の日記に、2018年に参加したとあるワークショップのことが書いてありました。

ちょっと抜粋しますね。

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昨日のワークショップはとても良かった。

内容がすごくよくまとまっていたことと、先生方の集中力にとても引き込まれた。

やはり、練習を重ねるしかないということがわかった。

とても説得力のあるクラスだった。

先生が、バンダかなにかの話で、

「それはヨガに求めすぎじゃないですか?」

とおっしゃったとき、私の心がときめいた。

そんな熟練の先生が、

「わかるまで練習を続けなさい」と言ってくれたら、

ああ、もう練習するしかない。と思う。

それから、先生が、

「そういう”微妙な感覚”を感じる練習ができるのがヨガのいいところだと思う」とおっしゃったとき、

そう、それそれ、ホント!と思った。

ジッと観察する時間があるから。

ヨガには。

早速毎日やる。

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ってことでなんかエラソーに書いていますけど、すっかり忘れてましたね、今日まで。

それで私はホントに毎日やったのかどうかも全然覚えていませんが、

とりあえずあれから8年後も変わらずヨガが楽しく続けられているのはありがたい。

多分、こんなふうに忘れてしまった宝物みたいなカケラがまだまだたくさん私の中にあるんでしょうね。何かの拍子にまた、飛び出してくるかもしれません。

練習を積むとか、こういうことだけは時短できないんですよね。価値がなくなっちゃうから。

積むだけなら早くできるけど、「練る時間」がどうしても必要。

時間をかけて、捏ね繰り返して練り上げているうちに、私はだんだんヨガに求めなくなってきました。先生に言われたからではなく、自然にそうなっていきました。(だってすっかり忘れていたし)

今、ヨガに求めることがあるとしたら、そのままあり続けてほしい、ということ。

私はヨガになんとかしてもらうのではなく、

私がヨガを裏切らないように修練するだけ。

ヨガをしたらどうにかなるのではなく、

ヨガがずっとできるように自分を調整し続けるだけ。

そうやって私は、ヨガともっと深い関係を築いてゆく。

なーんて♪そんなことを今日は思いました⭐︎

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