まるさんかくしかくをたくさん作ってぶら下げました。風が吹くたびいい香り。。。
田村セツコ氏にならって、気になったことや覚えておきたいことのメモを壁にペタペタ貼っています。
私の部屋は手作りだらけ。壁や天井を塗ってもはみ出したり、途中で材料が足りなくなって他の色を塗ってみたりと、パッチワークのような部屋なのですが、自分らしくて気に入っています。
この夏はハンモックを使いこなせるようになりました。昼寝をしても首が痛くならないように工夫して。
さて、
ヨガと出会ってから、ヨガの世界観に触れ、「どこからどこまでが私なのか」という「私」の範囲がじわじわと広がっていきました。
私が死んだ後、この人生をどう評価するか。
私が後悔したくないのは、そこ。
この世の贅沢とか地位とか名声とか誰かに認められたいとかそんなことより、
生まれる前、私は何をしようと決めてここに来て、それを生きている間にちゃんとやったのかが大事。
はっきりとした答えがわからなくても、「これは違う」というのはわかります。
どんなに選択肢がない人でも「これではないよな」というものはありますよね。
そうやって消去法を使いながら同時に、「こういうことに価値を感じる、好きな世界だな」と思う方へ進み続けて、今。
今思うのは、何かになることではなく、「プロセス」に価値があるのだということ。
大それたことでなく、日常の場面にいくらでもあることです。
自分の器にピッタリの質と量を見極めて、等身大でやるべきことに取り組めたら、きっと後悔はないでしょう。
誰にでも今世での役割があって、そのレールの上で起こる様々なことから逃げずに正面から向き合って乗り越えることこそ、価値ある「人生経験」なのかも、と思うのです。
そう考えると、これまで私に起こった数々の出来事の全てに納得がいくし、
今思えばあんな奇跡的なことがよく起こったな!という時は、ばっちり人生のレールにはまっていた時だったのだろうと思うのです。
私は精神的にしんどい時、「この道を選ばない方が良かったかな?」と自分に問いかけてみるのですが、今のところ何回聞いても「これしかなかったよなー。」と思います。
そうやって自分の道から外れてないか、時々確認するんです。
思うように物事が進まないとか、障壁を感じるときは、何か今のうちにやっておくべきことがあるんだな…と切り替えて、調子がいい時は見向きもしなかったようなメンテナンスをコツコツ行い、地固めをします。
なんとなく、もう人生の半分くらいは生きたから、そうなんじゃないかな、と思えます。
みなさんはどうですか?
価値ある人生経験って、どんなことだと思いますか?

