物語を久しぶりに読みました。
時間どろぼう、で有名なやつです。
図書館で借りました。
この歳、この時期に読んで本当によかったです。
「自分の時間をどうするかは、自分自身で決めなくてはならない」
「時間を盗まれないように守ることだって、自分でやらなければならない」
「人間が死を恐れなくなれば、誰も時間を盗んだりできなくなる」
こういうのって、作り話じゃないですよね。
この世界の真実だと思います。
カルマの法則では、私たちは途方もない時間を何度も何度も生まれ変わってカルマの輪の中でぐるぐる回っているといわれています。
…だったら今さら焦って時間を節約しなくても、とりあえずこの人生で「これだけは」と決めてきたことだけできれば、あとはまぁいいじゃん、余暇で。と私は思っています。
この本が書かれた頃よりもずっと、今の人たちは強力なツールでほぼ完璧に時間を盗まれてしまっていますよね。AIにSNSに動画配信サービス…電車に乗ってスマホを見てない人いないですもんね。赤ちゃんと私くらい。
でも、どうするかは自分で決められるのだから、それは救いです。
時間どろぼうに時間を盗まれると、時間ができたところで自分のやりたいことがわからなくなるそうです。気力もなくなって、この世のことなんてどうでもよくなってしまうと。わーこわい。
時間がもったいない、と節約して作った時間で何をしているのかといえば、「ホントにそれがしたかったの?」というようなことだったりしませんか。
ときにはそんな日もあるかもしれないけれど、
みんなの「これだけは」は、いつだって日常の目の前にあるのだから、どうかそれは見逃さないでほしい。
「時間とは生活。」とこの本にも書いてありますが、普段いる場所で、何を考えたり感じたりしているのか。どんなふうに時を過ごしているのか。それは何より大切なことです。
人生の喜びや楽しみは、生活のちょっとしたすきまに満ちているんじゃないでしょうか。
虹を見たり、ネコがこっちを見ていたり、誰かが落としたものを拾ってくれたり、いつも不機嫌な上司が冗談を言ったり…。
心があったかくなるのって、そういうとき。
非日常に逃げる楽しみとはちがう温かさが、生活の中にはあります。
「私の日常って、あったかいんだ」というのが自信になり、自分はなかなかいいぞって思えるようになれば、もっと自分の生活が好きになって大事にしようと思えるでしょう?
でも、自分で「気付こう」と決めなければ一生わからない。
「モモ」の中では、とても弱い臆病な”何か”に人間が支配されている様子が上手に描かれていて、ゾッとします。
でもその”何か”は、他の誰かじゃなく自分の中にある”恐怖心”なんですよね。
くわばらくわばら。
油断すると時間どろぼうはすぐ増殖するから、後日、戒めのために文庫本を買ってみました。


