ヨガは、輪廻、転生、魂の成長、宇宙(自然)秩序…みたいな哲学の世界です。
「神」という表現も出てきますが、神と自分は離れた存在ではなく、ついでにあなたと私も離れておらず、全て一つである。…そんな感じです。
ヨガはヒンドゥー教とも切り離せないので、宗教といえば宗教かもしれませんが、
あまりに独特の雰囲気なので、宗教というよりはニューカルチャーみたいな感じもします。
とはいえ、いずれにせよ「神」っぽい話はこの物質中心の社会では「言ってはいけない」というよりむしろ、「聞いてはいけない」という圧の方が強い気がします。
「現実を見ないヤバい人」と思われないようになのか、
やたらとヨガを「科学的にも証明されてきてる」とかいってみたり、
ヨガのスピな部分を避けて筋トレや美容の部分にしか光を当てなかったり、
…これまでそんな場面を数多く見てきました。
でも、私はそういう扱いにずっと違和感がありました。
だってヨガやアーユルヴェーダは、科学なんかまだない5000年だか何千年だか前からずっとヨギたちが実践してきたもので、現代でも十分に効果を実感できるものだし、
「自分」というものを包括的に捉えるからこそのヨガだから。
それを未完成の現代科学で無理矢理証明したり、逆にオカルト扱いする必要ってあるのかなぁ?と思うのです。
ヨガの価値観は世間のものとは逆さまのこともたくさんあってとても魅力的です。
今まで教えられてきたことが真実とは真逆だった、なんてことばかりだから。
それを上手く伝えられなかったり、共感されないのが悔しくて、これまでクラスで触れることは少なかったのですが、
でも最近、やっぱりヨガの恩恵を受けるなら、ヨガの根本思想に触れた方がスムーズだなぁ…とどうしても思ったので、これからはその世界もちゃんと含めて仕事してみます。
ヨガにはいろんな側面がありますが、最終的には魂と肉体、気、心、知性を調和させます。
その技術が「ヨガによる健康」を生み出します。
食べ物だけ熱心に気を使っても、体だけ熱心に鍛えても、体調を崩す人がたくさんいます。
それは、私たち自身が「何相にも重なるエネルギー体」だということを見逃して、各相の調和を乱しているからじゃないか?と個人的には思っています。
でも、私たちが「何相にも重なるエネルギー体」ってことを知ってる人がそんなにいないから、仕方ないですよね。
何かをどうにかしたいとき、その「聞いてはいけない」領域を含めると、選択肢が増えて一気に可能性が広がります。
それが、ヨガの「包括的」な視点で自分を見るという、一つの技術です。
せっかくヨガをするなら、ぜひその可能性を探ってみてもらえたらと思います。
難しいと思うかもしれませんが、案外カンタンかもしれません。
なぜなら、ヨガはマットを一枚敷くスペースさえあればいつでもできますからね⭐︎



